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大学電気電子工学科同窓会

軽井沢に移り住んで 永田 勇二郎(電気電子工学科元教授・1期卒業生)

2018.08.29 更新
最近の永田先生

軽井沢に移り住んだ経緯は会報版に書きました。此処では移り住んでからの生活などを書いてみましょう。2012年4月早々の引っ越しの日は土砂降りでした。荷物の整理も一段落して、最初に先住民から耳に入った軽井沢の情報は、「標高950mから1100m辺りに存在する軽井沢の冬は零下20度に達することもある。それ程の降雪はないが、路面はテカテカに凍ってタイヤチェーンはスケートのエッジのように滑るから役に立たない。こっちの人間はチェーンは着けない。スタッドレスで上手く運転するだけだ。」ということでした。雪が少なければ何とかなると高をくくっていましたが、滑る滑る。坂道に普通の靴で立っていると、そのままスーと滑って行きます。地面の下は1メートル近くまで凍結し、地表が盛り上がります。雪は少ないはずだったのに年が明けたら何と1メートル近い大雪、外に出られず4日間孤立しました。町では何百台もトラックが立ち往生して、自衛隊が出動したくらいです。玄関から道路までの除雪は閉じ込められている間に済んでいましたが、道路にはお腹の辺りまでの雪が積もっていて出られません。写真1はその時の積雪の様子です。


写真1

カーポートの屋根が潰れずよく耐えたと思います。どうしたものかと思案に暮れていましたが、幸運なことに近くのFテレビ局の保養所に女子アナ達が閉じ込められたとかで、脱出の道を作るため大きなブルトーザが出動し、家の前の道路は完全に除雪されました。食糧の買い出しに町に向かうと、除雪はあまり進んでおらず、車がすれ違うのにも苦労する状態でした。

こんなこともある厳しい軽井沢の冬ですが、私は冬の軽井沢が一番好きです。大地は一面白い雪に覆われ(多い時で40cmくらい)、高い木樹は霧氷で包まれ、ダイヤモンドダストが舞い、幻想的で大変に綺麗です。外は日中でも零下5度くらいで日が落ちると零下10度以下になります。朝と夜は薪ストーブを焚いて部屋を暖め、後は床暖房で家の中を23度くらいに保ちます。私の家は米国人が定住向きに建てたので、越冬が可能です。床暖房が一階二階を問わず、トイレから風呂場に至るまで通っていて、それぞれ別個に温度調節でき、経済的かつ快適です。これは北海道出身の私の恩師太田恵造先生から聞いていた北海道の生活と全く一緒だとある時気づきました。室内外の温度差は30度位になりますが、家の中ではシャツ一枚くらいで生活でき、東京方面で暮らしていた時よりも暖かく快適です。北海道と同じで、冬の暖房費は馬鹿になりませんが、夏場のエアコンは使用しないので助かっています。

移住後の生活も落ち着き始めた頃、地区の自治会活動に参加するとともに、追分の教会に通い始めました。我が家がある千ヶ滝西区は広大で、総戸数1700戸余り、その約1割が定住しており、他は別荘として利用されています。当然常時自治会活動をできるのは定住者になります。地区の道路掃除など、しっかり活動していて、我が地区の自治会は軽井沢で最強といわれています。

一方、通っている教会は日本基督教団に属し、同志社大学の創設者新島襄さんの影響を強く受けた集会派系の教会です。軽井沢には教会が沢山ありますが、大きなオランダ製のパイプオルガンが設置された珍しい教会です。日曜毎の礼拝はバッハの曲に始まり、バッハに終わります。お腹の底に響き渡るオルガンの調べは過ぎた一週間のリセットをして新しい週に向かうためには最適です。このオルガンは青学ともご縁があり、青学高等部のオルガン部の夏季合宿時にはこれを用いて練習し、世界的な奏者を輩出しています。私は未だクリスチャンではありませんが、教会の皆さんは暖かく迎え入れて下さいました。私は良い教師たらんとして学生を指導して来た積もりでしたが、教師生活を終わってみると、必ずしも全ての学生にとって良い教師であることは出来なかったと思い至りました。研究室では大雑把なテーマを与えて、後は自由に研究させて来ましたが、学生の中には放って置かれたと感じた人もいたのではないでしょうか。ある学生には良いと思う指導も他の学生には苦痛であったりすることもあるのです。教師とは何とも難しい稼業です。その様な所業を懺悔するのも教会に通う理由のひとつです。自分だけ洗礼を受けて神様に救われてしまう訳にはいかないのです。生涯懺悔あるのみと思って通っています。

移住直後は越冬の準備のため、先ず薪だな作りをしました。卒業生である工芸大の内田先生からアドバイスを頂きながら薪だな兼物置様な物を建てました。入れる薪は近くの知的障害者の施設から彼らの割った薪を購入しました。100束くらいです。職員と生徒らがトラックで運んで薪だなに積んでくれました。これでも冬季に使用する薪の1/3から1/4くらいです。冬を越すためには薪だな3、4個くらいは必要です。こんなに薪だなを作ったら家の周りが棚に囲まれていしまい、他の生活に支障を来します。思案の挙句、ネットで薪の宅配を見つけました。この商売は、依頼者宅に簡単な棚を設置して、30?40束の薪を入れ、後は定期的に巡回して、減った分だけ補給して行くシステムです。薪の値段は町のホームセンターで買うと、1束600?800円になりますが、宅配は350円くらいです。今はこれを使って大いに手抜きをしています。

次に始めたのは家具作りです。我が家は、後でしまったと思ったこともありましたが、引っ越しの度に大胆に断捨離を実行してきました。五回の引っ越しで、読んだ本、衣料品などをどんどん捨ててきました。家具は元々置くのが嫌いで、ほとんど持っていません。大きなテーブル一個とベッドくらいです。ところが、引っ越した家は外人さんが建てた家なので、下駄箱すらありません。靴はクローゼットの中に置くらしいです。しかし、日本人には衣服なども置いてあるクローゼットに靴を置くのは抵抗があります。玄関は簡単な作りで狭いので、出来合いの下駄箱では大き過ぎます。仕方なく自作することにしました。デザインはインターネットで色々検索し、I**Aのものをパクリ、材料はホームセンターの種々の寸法でSPF材をカットしてもらい、使いました。結果、格好の良いカントリーアンティーク風のものが出来ました。次は簡単なTV台。これもI**Aさんのデザインをパクって製作。自分で言うのも何ですが、本物以上の価格で売れそうなものが出来ました。その他収納付きの小さな電話台、連合い要望のちょっと大きめのTV台兼用のサイドボードを製作しました。これで十分。あまり調子に乗って作ると家を狭くします。 写真2は作製した家具の一例です。


写真2

 家具作りも一段落してひと息つくと、手が作業をしたがり疼きます。何か作っても場所を取らないものはないかと考えた挙句、狩猟用ナイフ作りを思い付きました。ナイフは鋼をカンカン叩いて、研磨して、焼き入れをして作りますが、金属の取り扱いは私の専門領域、自分で言うのも何ですが、得意技です。幸い叩いて鍛錬した後の鋼を、色々な金属会社が素材として売り出していることをネットで知りました。大方のナイフ工房はこれを買って、切って、磨いて、焼き入れをして作っています。私も彼らの方法に倣い作製を始めました。縁の下の物置の一部を工房とし、ブランドネームは“Lonely Bear Karuizawa”としました。気の向くままに色々なデザインと材質でかれこれ20本近く作って来ました。一本を一ケ月くらい掛けて仕上げて行きます。物置には給湯器類が設置してあるので冬場でもその余熱で暖かく、外部が零下でも快適に仕事ができます。仕上がったら刃の上部に電気化学的エッチングでブランド名を入れます。エッチング装置は、消えかかった電気の知識を手繰り出しながら、自作しました。やっぱり電気の人間なんですね。久しぶの回路を作りは楽しかった。デザインしたステンシルを置いて、交流あるいは直流電界を使って1分くらいで簡単にきれいに銘が刻まれます。ナイフを納める牛革の鞘も色々デザインして自作します。牛革の端切れを購入して作ります。何気ない革ですが、革は手に入れにくく、鋼よりも高いのです。初めの頃は、太い針を革ばかりでなく、指にまで刺して血だらけで作業していました。今では慣れて、レザークラフトにも強くなりました。作製したナイフは幸いに好評で、エゾ鹿や熊狩りなどの場で活躍しています。写真3は作製したナイフの一例です。


写真3

 何年か住んで感じますが、軽井沢は東京方面の人間には住み易い土地です。これは移住した多くの方々も語るところで、私ひとりの感想ではありません。総合病院も近くにあって東京方面に在住していた頃よりも十分に健康の管理もできています。その気になれば気の利いたお店も沢山あり、会報版にも書きましたが、東京も新幹線で1時間です。ただ、東京に出ると、人の多さに目が回り、早く帰りたくなります。まあ、こんな感じで日々を送っています。年々体力の衰えは感じますが、まだまだ元気でいます。

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