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バレーボール部OB・OG会 緑楯会

生瀬監督就任50周年感謝の集い

2017.02.27 更新
OG・現役110名が「なませさん、ありがとう」

      
 青山学院大学女子バレーボール部「生瀬監督就任50周年感謝の集い」(青山学院大学バレーボール部緑楯会女子部主催)が2月18日午後1時から青学会館IVYホールで開かれ、北は仙台、南は佐賀からのOG、現役部員合わせて約110名が出席して、生瀬良造監督(1965年卒)の50年を思い思いに懐かしく語り合いました。

生瀬監督夫妻を真ん中に参加者全員で記念写真


 TBSテレビなどで活躍の奥平康彦アナ(1995年経営学部卒)の司会で開会。実行委員長の加藤真美さん(1982年卒)から主催者を代表して、総勢230名のOGのうち出席者を含め半数を超える人たちがこの集まりに何らかの形で協力していただいたことにお礼を述べ、所用で欠席した雛田総子OG会長(1964年卒)からの謝辞を伝えました。

来賓は平澤典男部長先生、高窪貞人元部長先生、それに筆者(奥本浩平=1964年卒)の男性3名だけ。部長8年目の平澤先生は、生瀬監督の指導力の一つに、“目は口ほどにものをいう”のことわざを引き合いに「目力によるコミュニケーション」をあげます。さらに、気遣い。4年生を送る会で、卒業生一人一人に直筆の色紙を贈るなど選手への愛情あふれる振る舞いを目の当たりにしてきて、「まさに“女子バレーボール学部”、学校に貢献している」と評しました。この日は半世紀の間に、この学部から巣立った学生が今、恩返しの思いをもって集まったのです。
 
 OB・OG会の前会長でもある奥本は、「ありがとう」の気持ちをOB・OG会緑楯会の一人として伝え、バレーボールを愛する仲間として50年の監督歴に敬意を表しました。

秋山コーチから紹介される現役部員とトレーナー


 齢80を遥か過ぎて、網膜剥離と緑内障を患い、大好きなたばこをやめたという高窪先生。
さすがにこの日は夫人のエスコートを得て、「人間、生きていれば何が起こるかわからない」これまでの50年の労をねぎらいながら、これからを大事に生きるよう諭しました。思えば先生は本学在籍時、生瀬監督を支えた一人で、女子部の今日を築いた恩人でもあります。

 乾杯の音頭は玉井裕子さん(1959年卒)。短大内の部活としてプレーした”屈辱の時代“を顧みながら、「大学バレーボール界に青学あり」までに育ててくれた生瀬監督を称え、声高らかに唱和しました。

 天ぷら、すし、うどん、サラダ、スパゲティーなどなど、ビールにワイン。会場内ではにぎやかに同期会花盛り。ステージには2006年、5冠(春季、秋季リーグ戦、東日本インカレ、全日本インカレ、東西選抜優勝大会)を記念した額が置かれていました。学内にあったのを見つけたそうで、グリーンのユニホームを真ん中に、プレートには5冠のタイトル名、当時のメンバーが刻まれています。当時の選手たちは、栄光を思い出しながら記念写真を撮っていました。

 OGたちからのお祝い・お礼のメッセージは生瀬監督の人と成りを浮かび上がらせます。「怒られたことは一度もなかった。楽しい4年間だった」感謝を込めて酒井和子さん(1971年卒)は学生時代を思い浮かべるように話しました。当時の女子バレーボールと言えば、スパルタ全盛。言葉もそうですが、暴力もまかり通っていたのです。それなのに、青学は・・・。

5冠達成の記念額を囲む当時のメンバー


 「私より上手なセッターが1年生にいましたが、(監督は)私を使ってくれました。そして、学芸大に勝って1部へ上がったのです」と加藤真澄さん(1980年卒)。ご主人もバレーボールの監督だそうで、妻として犠牲を強いられた思から、「奥様のご苦労あっての今日」に、メーンテーブルの生瀬夫人・都さんも思わず苦笑いを浮かべていました。
 スポーツ推薦第1号の南木雅子さん(八王子実践高出、1987年卒)は、優しさに驚いたと言います。「こんな優しい監督がいるのか、と思った。怒られた覚えはないし、4年間、楽しいバレーボールでした。東日本インカレで初めて優勝して監督を胴上げした」この勢いから全日本インカレで準優勝(1-3筑波大)を歓び、胴上げ。「これには周囲ドン引からドン引きされました」に爆笑でした。

 下村希さんと大谷美由紀さん(ともに徳島・富岡東高出、1995年卒)。阿波弁でまくし立てる下村さんに会場が一気に和む。「速攻が全くできない。Aクイックの入り方を教えてもらったのを覚えている。とにかく楽しいバレーボールでした。生瀬監督は“心配性のお父さん”という感じで、温かく見守っていただきました」。
 
 50年の間には山あり谷あり。「なかなか勝てず、ご苦労をさせた世代です。眼力が鋭く話され、真剣さを感じた4年間でした」野尻亜矢さん(2006年卒)は生瀬監督との対話に平澤部長先生と同じ思いを抱いていました。

 青学の女子バレーボール部の存在をアピールしたのは秋山美幸さん(2007年卒)、セッターで主将を担って5冠を達成したのです。「私たちの勝ちたい気持ちが強い時、必ず“腹八分だぞ”と言われて、コートに散った。人を大切にすること、バレーボールを楽しむことを学んだ。毎日接していて、愛情のある方だと思う。指導者としていろんなことを学び、人に愛される指導者になりたい」コーチとして生瀬監督と向き合って1年半、新たな決意を感じさせました。

 このあと現役部員、トレーナーがステージに整列。秋山コーチから学年ことに紹介され、比金みなみ新キャプテンは「優勝して生瀬監督、秋山コーチを胴上げしたい」と決意を表明しました。

 記念品贈呈は、栗林武子さん、太田淑子さん、村田照代さん(ともに1971年卒)の同期3名から。卓上時計、写真立て、「良造」のレッテルが張られた日本酒1升びん、それぞれにはOG全員の思いがこもったものばかり。花束を抱えて笑みを浮かべる都夫人、監督ともども2017年2月18日は、結婚記念日に次ぐもう一つのエポックとして忘れられない日となることでしょう。

 生瀬監督は背広の上着を脱いでグリーンのセーターに着替えました。会も大詰め、お礼のあいさつを前に、衣装替え。「初めて全日本インカレで優勝した時、娘がお祝いに勝ってくれたセーターです」は、にかみ屋の男が珍しく口にした素直な心でした。72歳の2013年の優勝(関東大学1部秋季リーグ戦)は、大学に限らず、バレーボール界だけでなく、それこそギネスものの高齢監督の優勝記録でしょう。

 お礼の言葉は半世紀の中の記憶の一コマを手繰り寄せます。「一番の喜びはベンチに監督用の座布団を敷いてくれたことだ」と言います。確かに1部の監督たちは座布団に腰を落として采配を振るっています。青学は? 「座布団に座ってみたいと思っている」のに、そればかりか「他の大学はマネジャーが温めたものに座っているんだよ」よほど羨ましかったのでしょう。

 座布団は“人並み”になりましたが、周りの監督たちとは相いれないものがあるのです。
それは呼び名。監督さんたちは100?「先生」と呼ばれています。生瀬監督は、しかし、「先生」と呼ばせません。松平康隆さん(故人=ミュンヘン五輪優勝監督、元日本バレーボール協会会長)と「先生と呼ばれないことを約束した」全日本インカレで優勝して松平さんと対談した時のことでした。

記念品を手に生瀬監督、花束を抱えるのは都夫人


 50周年は「執念」でもありました。それを貫かせたのは、奥様の内助もさることながら母校愛です。「青学の優しさが好きだ」この気持ちがコーチングにも表れていたのです。
体育系の大学がひしめく中で、一番練習しない大学と言われてきました。が、今では特別強化部(このほか野球、バスケットボール部男子、ラグビー、駅伝)「へらへらやっていては勝てない。知恵と母校のためにという思いで頑張ってきた」(HPの女子部の過去の戦績参照)
 重大なことを事も無げに。「今年は春季リーグ戦から秋山を監督で戦う。私はベンチでアドバイスをする。困ったことがあれば相談に乗りたい」秋山コーチへの監督禅譲を公言し、「嬉しいこと、楽しいことがたくさんありました。皆さんに感謝したい。ありがとうございました」と結んだ。

 われらが母校 青山…。参加者全員が肩を組み合って会場に大きな輪をつくり、カレッジソングを高らかに響かせました。
 余韻さめやらず、全員で写真撮影したあとも、同期会の塊は解けず、予定通り3時間、午後4時前に散会となりました。

 2次会は1階のレストラン。ここからはOBの有志9名も顔を見せ、30名弱で、年に一度のOB・OG会総会を遥かに超える熱気の2時間。OBからは感謝を込めたペアグラスを贈ってお開きとなりました。

参加者には小冊子「生瀬監督50周年 感謝のメッセージ集」が配られました。あんな時・こんな時の写真と生瀬監督へ思い寄せる言葉の数々を集めたアルバム。開けば“あの日”が蘇えってきます。今日という日も、いつまでも忘れません。
実行委員の皆さん、感謝と感激の時間をありがとうございました。

引っ張りだこの生瀬監督。卒業年度ごとに記念写真

                       (文責・奥本浩平)
 
(注)5冠の一つ、東西選抜優勝大会は東西両インカレのベスト4が激突するイベントで、平成24年第7回まで開かれたが、平成25年以降は中止。
                            以上


<余談>

この集いは、本来OB・OG会緑楯会が主催して開くべきだと思っていました。ところが、大げさにしたくないという生瀬君の強い要望から、女子部に絞って開催し、OBについては有志に声を掛けて2次会を持つことになりました。同君のネットワークは、本学はもとより日本バレーボール協会や学連、高校など、広げればきりがないほど大きいものがあります。それこそ、祝勝会を超える規模になったでしょう。それを避けて極々内輪な会にした判断に、拍手を送ります。ただ、青山学院大学は何らかの形で生瀬君の功績を讃えてほしいと願っています。(奥本)
                                                            以上
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